中小企業の融資環境悪化への対策と税理士のアプローチ

月刊「税理」特集II 2009年2月号

<中小企業の融資環境悪化への対策と税理士のアプローチ>

税理士 甲賀伸彦

金融検査マニュアル・中小企業編の活用
-マニュアルで“資本”とみなされるケースと貸出条件緩和債権の見直しについて-

ポイント

  1. 企業の借入金を「十分な資本的性質が認められる借入金」に条件変更した場合にも、金融検査において、当該借入金を資本として資産査定を行うことができる旨が明確化された。
  2. 中小企業の特性を踏まえ、金融機関が条件変更を行ったとしても、「実現可能性の高い抜本的な経営再建計画」等が策定され、おおむね5年以内に実行可能であれば、「貸出条件緩和債権(不良債権)」としないとする見直しを行った。

はじめに

 金融庁は、融資を受ける中小企業に対して、金融機関が「金融検査マニュアル」、「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」の内容を実行するようにアピールすることを求めているところだが、特に中小企業融資編の特徴である「経営者と企業を一体として判断する」、「技術力」の点は経営者自身が、また、「経営改善に向けた取組み」は客観的な立場から関与税理士がアピールできる部分である。
 平成20年10月の「金融検査マニュアル別冊」の改訂では、融資条件変更による「資本的借入金」を資本とみなす債務者区分の改善策も打ち出されており、資金繰りの改善につなげることができるようになった。
 さらには、その1ヶ月後には中小企業向け融資の貸出条件緩和が円滑に行われるようにマニュアルの改訂が行われ、金融機関がより柔軟な条件変更に応じることが可能となり、中小企業金融の円滑化に資することが期待されている。

I)中小企業の自己資本充実策の支援に向けた「金融検査マニュアル」等の一部改訂

1.改定の経緯

 金融庁は、平成20年8月29日に政府が発表した「安心実現のための緊急総合対策」で、「中小企業の自己資本充実策の支援」が盛り込まれたことに配慮し、同年10月3日に「金融検査マニュアル」、「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」等を一部を改訂し公表した。これは、企業の借入金を「十分な資本的性質が認められる借入金」に条件変更した場合も、金融検査において当該借入金を資本とみなして資産査定を行えることができる旨を明確化するものである。
 実は、平成20年3月にも「十分な資本的性質が認められる借入金」を資産査定において資本とみなす旨の検査マニュアルの改訂が行われたが、金融機関等の間では、当該借入金は新規の融資のみを対象としていると受け止められたため、新規融資のみならず既存融資からの条件変更であっても資本とみなせる旨を明確化したものである。

2.改定の目的

 平成20年10月3日の金融庁の発表によると、この改訂の目的は、図表-1のとおりである。

図表‐1 「金融検査マニュアル」改訂の目的
 財務内容が悪化し、経営難の状態にある中小企業等の経営改善を図るにあたっては、「十分な資本的性質が認められる借入金」を資本とみなすことにより、財務内容を改善させた上で、業況の改善に取り組むことが効果的と考えられます。また、これにより当該中小企業の経営改善可能性が高まる(債務者区分がランクアップする)ことは、金融機関等による追加的な資金供給を容易にすると考えられます。
 一方で、経営難の状態にある中小企業に対して「十分な資本的性質が認められる借入金」を新規に融資することは、貸し手にとってリスクが大きい(回収可能性が低い)ため、容易には貸し手が見つからないという問題があります。
その点、既存融資からの条件変更については、貸し手が新たな資金を提供する必要はなく、また条件変更により経営改善の可能性が高まれば、経営難の状態を放置するよりもむしろリスクは小さくなる(回収可能性は高まる)とも考えられます。
 したがって、既存融資を「十分な資本的性質が認められる借入金」へと変更した場合、当該借入金を資本金とみなすことを明確化することを通して、金融機関における対応を促し、もって中小企業等の自己資本充実を通じた経営改善を支援する観点から、今般検査マニュアルを改訂することにしたものです。
 また、中小再生支援協議会において、十分な資本的性質が認められる借入金を用いた再生支援手法が導入されること等を踏まえ、「金融検査マニュアルに関するよくあるご質問(FAQ)」の質問・回答を別紙4(著者注:省略)のとおり修正・追加しました。

 さらに、同日付で中小企業庁からも「中小企業再生支援協議会における新たな再生支援手法の導入について」とするコメントが発表された。「中小企業の再生を図るうえで、既存の融資を劣後ローンに切り替える手法(DDS,Debt Debt Swap)は厳しい経営環境にある中小企業の体力強化や財務体質の改善のために有効な手法の一つです。中小企業庁は、その一層の活用のための方策について、金融庁と相談しながら検討を進めてきました」など、関係省庁が連携しながら中小企業再生を進めていくことも感じられるところだ。
 結果として、上記のとおり「明確化」ということもあり、従前のルールを変更したわけではないが、経営改善時には既存借入金から条件変更する方が金融機関等にとっても、また融資先企業側にとっても、有効であると確認されたため、例えば既存借入金を資本的劣後ローンに転換した場合でも、資本としてみなしうることが周知徹底され、これが中小企業の自己資本充実策の一つとして活用されることが期待される。

3.具体的内容

 ここで「十分な資本的性質が認められる借入金」とは、償還条件や金利等の貸出条件が資本に準じるような借入金のことで、本来なら負債である当該借入金を資本としてみなすことができるものをいう。また、資本に準じる貸出条件とは、例えば、償還期間が長期であることや、業績の悪いときには利子負担がほとんど生じないような配当に準じた金利設定であることなどを示す。
 資本的劣後ローンについては、新たに「早期経営改善特化型」と「准資本型」と区別し、改めて定義された。資本的劣後ローン(早期経営改善特化型)とは、従来の「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」で記載されていたものを、次の准資本型と区別する形で改めて定義したものです。
 また、新たに定義された資本的劣後ローン(准資本型)とは、「十分な資本的性質が認められる借入金」であるような劣後ローンのことをいう。

資本的劣後ローンの早期経営改善特化型と准資本型の違い
  • 【資本的劣後ローン(早期経営改善特化型)】
    ・中小・零細企業向け要注意債権(要管理債権含む)。
    ・実現可能性が高い経営改善計画を策定。
    ・関係者間での合意がなされている。
    ・返済は全ての債権完済後に開始。
    ・デフォルトが生じた場合、請求権は他のすべての債権弁済後に生じる。
    ・債務者の財務状況の開示及びキャッシュフローに対して一定の関与ができる。
    ・期限の利益を喪失した場合には、すべての債務について、期限の利益を喪失する。
  • 【資本的劣後ローン(准資本型)】
    ・債務者区分を問わない。
    ・償還期間が長期であることや金利が業績連動型であること等、資本に近い性質。

 このように、条件の違いが異なっており、特に准資本型では、債務者区分の条件がなく、さらには、経営改善計画の策定が必ずしも要求されていないなど、企業が利用しやすい枠組みとなっている。

(1)債務者区分の条件
 資本的劣後ローン(准資本型)は、債権の債務者区分を問わないため、その他の債務者区分についても対象とすることが可能である。従前の資本的劣後ローン(早期経営改善特例型)では、中小・零細企業向けの要管理債権を含む要注意先債権のみに限定されていたため、今後は、破綻懸念先等についても対象となることから、効果的な運用が期待される。

(2)経営改善計画の有無
 また、資本的劣後ローン(准資本型)は、早期経営改善特例型で必須となっている「合理的かつ実現可能性が高い経営改善計画」を要求するものではないが、単に当該劣後ローンを利用したとしても、すぐには経営改善には結びつくことはないため、一定の改善の見通しを立てて、業況を改善していくという中で、効果が発揮されることに留意する必要があるとされている。

(3)中小企業再生支援協議会版「資本的借入金」
 上記でも触れたが、中小企業再生支援協議会が策定支援する再生計画において、「十分な資本的性質が認められる借入金」を一つの手法として活用することで、再生事業の一層の円滑化を図ることが盛り込まれた。これは、まさしく資本的劣後ローン(准資本型)の具体的な活用事例となっている(図表‐2)。

<条件等>

  1. 貸出期間
    15年一括償還(原則として当初10年間は期限前弁済を禁止する)
  2. 適用金利
    年0.4%程度で、当初5年は固定金利とする(その後、赤字の場合には利子負担がほとんど生じない等配当に準じた金利設定(0.4%程度)が条件)

図表‐2 活用のイメージ

II)中小企業向け融資の貸出条件緩和が円滑に行われるための措置

1.改定の経緯

 平成20年10月30日に政府・与党会議などにおいて、「生活対策」が決定され、金融不安や景気後退の影響を受けやすい中小・小規模企業について、十分な資金繰り対策を実施し、また、税制措置や人材確保・育成等により活性化を図っていくこととなった。その一つが、20兆円規模で信用保証協会が100%保証する「緊急保証制度」や政府系金融機関等による10兆円規模の「セイフティーネット貸付け」であり、中小・小規模企業が資金繰りに困らないように保証・融資枠を合計で30兆円確保するものである。
 一方、中小・小規模企業への貸し渋り防止という面からも、金融機関が中小・小規模企業への実態を踏まえた融資を行い、また責任共有制度を口実として融資を拒むことがないように、中小企業庁と金融庁が連携して全力で取り組む姿勢をとっている。各地の経済産業局に「中小企業金融貸し渋り110番」を設置し、中小・小規模企業からの相談を受け付けるように周知しているのも、真摯な姿勢として評価されるところだ。
 上記の具体的施策として、金融庁は11月7日に金融機関が借り手に対する返済条件の緩和を柔軟に行えるように、「監督指針」及び「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」を改訂した。また、同日に中川昭一金融担当大臣から各検査・監督担当官あてに、「中小企業の特性や経営実態を踏まえた検査・監督の徹底について」という文書による指示が送られた。これによると「中小企業の経営環境は大変厳しい状況にあり、金融機関においては、借手企業の経営実態や特性に応じたリスクテイクとリスク管理をきめ細かく行い、適切かつ積極的な金融仲介機能を発揮することが求められている。(中略)金融庁及び財務局の各検査・監督担当官は、検査・監督の現場において、今回の改定内容を踏まえ、監督指針及び金融検査マニュアル等の適切な運用を徹底されたい。また、中小企業向け融資において、金融機関が条件緩和の対応を含め、借手企業の経営実態や特性を十分に踏まえて柔軟に対応することにつながるよう、適切な検査・監督に一層努められたい。」とかなり踏み込んだ内容となっている。

2.改訂の目的

 金融機関から融資を受けている中小企業・零細企業が「返済期間延長」や「金利減免」といった条件変更を申し出ても、金融機関側は、条件変更に応じるとその債権が貸出条件緩和債権(不良債権)になる恐れがあり、結果として不良債権比率や貸倒引当金の引当率が上昇することになるため、積極的な条件変更は行われないという状況が続いている。仮に、金融機関がこの既存の融資に対して柔軟に「返済期間延長」や「金利減免」といった条件緩和を受け入れる環境が整えば、借り手企業の経営改善の努力の度合いにもよるが、金融機関の信用リスクの度合いも軽減され、今後の積極的な融資体制も可能になってくると思われる。
 金融機関への監督指針は、主要行向けと中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針としてまとめられているが、それぞれ、借り手に有利となるような貸出条件の変更を行った場合には、原則としてその債権は「貸出条件緩和債権」となり、いわゆる「不良債権」となってしまう。しかしながら、例外として「実現可能性の高い抜本的な経営再建計画に沿った金融支援の実施により経営再建が開始されている場合には、当該経営再計画に基づく貸出金は貸出条件緩和債権には該当しないものと判断して差し支えない」と規定している。
 ただし、この「実現可能性の高い抜本的な経営再建計画」(以下「実抜計画」という)には、1)概ね3年度の当該債務者の債務者区分が正常先となること、2)「計画」期間中、一定以上の金利を確保するといった要件にかなうことが必要であり、中小企業の特性から見ても、これらをクリアーすることは非常に困難なことである。
 そこで、中小企業の資金繰りの支援のため金融検査マニュアル別冊等を改訂し、金融機関が条件緩和を行っても、不良債権にならない取扱いを拡充することになった。

3.具体的内容

 金融庁は「中小企業向け融資の貸出条件緩和が円滑に行われるための措置」として、以下のような発表を行っている。

 融資条件(貸出条件)の緩和を行っても、実現可能性の高い抜本的な経営再建計画があれば、貸出条件緩和債権には該当しないとの取扱いについて、以下のとおり監督指針及び検査マニュアルを改定。
金融機関がより柔軟に条件緩和に応じることができるような環境を整備する。

  1. 監督指針
    ・中小企業は経営改善に時間がかかるとの特質を踏まえ、「概ね3年」について企業の規模に応じた延長が認められる旨を記載
    ・具体的取扱いは金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕を参照すべき旨を記載
    ・その他、経営再建計画のより柔軟な策定を可能とするための所要の改正を実施
  2. 金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕
    ・今回の改定では、中小企業については、上記の「概ね3年後に正常先」を「概ね5年(5年から10年で計画通りに進捗している場合を含む)後に正常先(計画終了後に自助努力により事業の継続性を確保できれば、要注意先であっても差し支えない)」に緩和。

(1)計画期間
 監督指針おいては、「債務者企業の事業の特質」を「債務者企業の規模又は事業の特質」とし、「概ね3年」であっても企業規模に応じて延長が可能なことが明記され、さらに、具体的取扱いとして中小企業の場合には、金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕の中で、「概ね5年」と正常化に至るまでの期間を延長し、明記した。
 また、金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕の中では、計画期間が5年から10年で、計画比が8割以上であるような概ね計画通りに進捗している場合も認められることになった。
 規模的な問題からドラスティックな改善が不可能な中小企業にとっては、この期間の延長が着実な経営改善計画とともに実践を行えることが期待される。

(2)債務者区分
 経営改善計画期間終了後は、正常先となることが「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」で要求されていますが、自助努力により事業の継続性を確保できるものであれば、要注意先であっても、差し支えないとされた。
 例えば、5年間の計画終了後、少なくとも追加資金の支援がなく、今後の債務の返済に十分なキャッシュフローを確保できる見通しがあるという場合等がこれに該当し、実抜計画として取り扱われることになる。

(3)貸出金利
 上記のように、従前の実抜計画では、計画期間中、一定以上の金利を確保するといった要件があったが、昨年の11月7日の改訂によりこの部分が削除され、「概ね5年」のみの要件とされ、判断できるようになった。このような制約がなくなることで、より計画に実行可能性が出てくるものと考えられる。

(4)検証可能性
 そもそも、中小企業は、大企業のように精緻な計画を策定するのは困難であるため、「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」において、「経営改善計画がなくても、経営改善の見込みが確認できれば計画がある場合と同様に取扱う」旨を明記した。これにより、債務者が計画を策定していない場合でも、借り手企業側に、今後の資産売却予定、役員報酬や諸経費の削減予定、新製品等の開発計画や収支改善計画などがある場合には、代わりに金融機関が当該中小企業からそれらを聴取した上で作成・分析した資料がある場合には、これらを基に経営改善の可能性を判断することもできるようになった(図表‐3)。

図表‐3 参考:金融庁-平成20年12月9日発表ホームページより掲載

III)税理士業務における改訂の捉え方

 金融機関による経営指導・再生支援については、「中小企業金融モニタリング」の結果でも指摘されているように、中小・零細企業の経営者は長期的展望を描ける状況にないため、金融機関から経営指導にもっと力を入れてほしいという意見が多く出ている。これが、最も金融機関の現況を表しているのではないか。この状況を踏まえた上で、我々税理士が、このたびの改訂の位置付けを確認し、5年間の中期経営計画の策定のサポートや、経営助言活動を日常業務として行うことが、企業存続・発展の足掛かりとなるのではないか。
 また、中小・零細企業の再生支援に関しても、税理士事務所は、町医者的な立場にいることから、常に財務的な健康状態を監視しつつ、時には外科的手術のような思い切った助言活動を行う必要があると思われる。実抜計画の策定支援は、まさにホームドクターとしての役割を果たす場面として捉えられ、経営者の意見を尊重しつつ具体性を伴った計画を作成していかなければならない。
 さらには、借り手側の企業に関する問題として、信憑性のない決算書や具体性のない事業計画、そして自己資金ゼロなど、企業側の安易な姿勢も指摘されているのが事実である。「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」の経営者の資質の判断ポイントとして、「財務諸表など計算書類の質的向上に向けた取組み状況」が明文化されているが、これは我々職業会計人がその専門家として、財務体質改善などの経営助言活動についても積極的に支援することが要請されているもの、といえよう。