金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)を味方につける

 金融検査については、平成10年に当時の大蔵省金融検査部が「新しい金融検査に関する基本事項について」を定めて、金融機関の自己責任原則の徹底と市場規律とを基軸に、明確なルールを前提とした透明性の高い行政の確立を目指してきました。具体的には、金融検査の基本的考え方及び検査に際しての具体的着眼点等を整理したマニュアルである「金融検査マニュアル」を整備し、さらには一般に公表することによって、国際的信頼や預金者や納税者等の理解を得る事で、金融機関の自己責任に基づく経営を促し、金融機関への信頼が確立できることを目標とするものであります。

 平成11年7月の「金融検査マニュアル」による検査が実施されて以来3年が経過し、それに基づく金融庁の検査が行われてきました。この間、平成12年5月、平成13年4月、さらには平成13年7月に、内的・外的環境の変化に応じて若干の整備・補強が行われています。

 しかしながら、「金融検査マニュアル」が機械的・画一的ものであるため、中小・零細企業などの債務者区分が抽象的でわかりにくく、それらの企業の経営実態を反映していないとの声もありました。

 このような中、平成14年2月に政府から発表された「早急に取り組むべきデフレ対応策」において、経営実態に応じた検査の運用確保策のひとつとして、中小・零細企業等の債務者区分の判断について、具体的な運用例を作成することになりました。その後パブリックコメントを受け、本年6月に「金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)」として公開されています。

「金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)」に書かれている主な内容は以下のとおりです。

検証ポイント

 債務者区分においては、まず初めに「代表者等との一体性」を強調しています。すなわち、中小・零細企業等の場合、企業とその代表者等との間の業務、経理、資産所有等との関係は、大企業のように明確に区分・分離がなされておらず、実質的に一体となっている場合が多く見受けられものです。個人が事業を立ち上げ、その後、一定の成果が得られると確信した段階で、事業主が自ら出資し、社長として法人格を取得し企業化するのが一般的です。スタートがこのような形ですから、例えば、社屋が社長個人の所有でそれを会社に賃貸したり、また、短期的に資金が不足した場合などは、金融機関から借入れるのではなく、社長自らの資金を貸付けている場合(返済が計画的に進む場合はむしろ少ない)が多く見受けられます。税理士として数多くの中小・零細企業等の財政状態・経営成績を見ていますが、これらの取引があるのが通常であり、実態なのです。

 したがって、中小・零細企業等の債務者区分の判断に当たるときは、当該企業の実態的な財務内容、代表者等の役員に対する報酬の支払状況、代表者等の収入状況や資産内容等について追加的な検証が必要とされました。

 次に「企業の技術力、販売力や成長性」について言及しています。企業の技術力、販売力や成長性については、企業の成長発展性を勘案する上で重要な要素であり、中小・零細企業等にも、技術力等に十分な潜在能力、競争力を有している先が多く考えられるため、検査においてもこうした点についても着目する必要があるとしています。

 さらには、中小・零細企業等においては、大企業のように精緻な経営改善計画書等を策定できない点にも触れ、これに代えて、今後の資産売却予定、役員報酬や諸経費の削減予定、新商品等の開発計画や収支改善計画等を勘案して債務者区分の判断を行うことが必要としています。

 また、貸出条件及びその履行状況については、債務者区分を判断する上で重要な要素であり、仮に、条件変更等が行われている場合には、その条件変更等に至った要素について確認する必要があるとしている。

検証ポイントに関する運用例

1)企業の実態的な財務内容について

 貸借対照表の負債の部に、「役員借入金」勘定がある場合、役員が返済の要求をしない場合には、自己資本相当額として取り扱うことは可能である。また、「役員貸付金」勘定がある場合、回収可能性を検討し回収不能額がある場合には、自己資本額相当額から減額する必要があると考えられる。ただし、代表者の個人支出や資金繰りの状況などを確認する。

2)企業の代表者報酬により赤字となっていることについて

 多額の「役員報酬」や「支払家賃」勘定により赤字になっている場合には、赤字の理由による債務者区分を行わず、赤字の要因や金融機関への返済状況、返済原資について確認する。

3)代表者の資力を法人・個人一体とみることについて

 企業に返済能力がない場合、代表者などの個人資産を企業に提供する意思がある場合、それらを勘案する。ただし、代表者個人の借入金、第三者保証債務がないかを確認する。

4)技術力について

 技術力を保有し、今後これにより業績の改善が予想される場合には、これを勘案する。

5)販売力について

 販売基盤が強固で、今後これにより業績の改善が予想される場合には、これを勘案する。

6)代表者等個人の信用力や経営資質について

 健康上の理由や一時的な理由により業績が低迷しているが、代表者などの経営者個人の信用力や経営資質が非常に高く、今後、業績の改善が予想される場合には、これを勘案する。

7)業種の特殊性について

 新規設備資金や改築資金が多い業種(例:温泉旅館業)については、現時点の収支や財務体質のみならず、赤字の要因、投資計画による収支の見込みなどの推移を勘案する。

8)経営改善計画の策定について

 経営改善計画書がない場合であっても、これに代えて今後の資産売却や収支見込などを基に返済能力を確認する。

9)返済条件の変更を行っている場合について

 設備投資資金を融資する場合、短期資金で融資し、これを後に長期資金に切り替えるものなど、通常の商習慣の中での条件変更もある。これを条件変更による債務者区分の変更を行わず、資金使途、変更理由を勘案する。

「金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)」の検証ポイントに関する運用例は16事例が挙げられていますが、上記が主な内容です。あくまで、これらの事例はある一定の条件下における考え方を示したものであるので、検査に当たり、債務者の実態的な財務内容、資金繰り、収益力や貸出状況及びその履行等個々の債務者の経営実態を総合的に勘案して債務者区分の判断を行う必要があるとされているので、注意されたい。